建築研究開発コンソーシアム20周年記念誌
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120 CBRD 20th Anniversaryを持たないデジタル経済の米国主導の発展により、また他方では冷戦期に約20対1の国際賃金差を蓄積していた中国産業とのコスト競争により、おおいに苦戦した。隣の中国の工業地域に、賃金が日本の約20分の1の労働者が1億人ぐらいいたのだから、それは強烈なデフレプレッシャーになる。日本国内の現場は、生産性を上げても賃金は上げられない状況が長く続いた。しかし2020年代には、日中の賃金差もようやく2~3倍にまで縮小し、生産性を上げれば賃金も上げられる状況に戻りつつある。 そこで、あらためてCAPアプローチを概略説明する。 まず、競争力 (P:パフォーマンス)について。競争力とは、要するに「選ばれる力」である。これを階層的に見るなら、会社自体が資本市場で選ばれる力が「収益力」、その会社が売っている製品が顧客に選ばれる力が「表の競争力」(価格、納期、顧客満足度等)、そしてその製品を作っている現場が経営者に選ばれる力が「裏の競争力」(物的生産性、コスト、リードタイム、製造品質等)で、顧客から見えない現場の実力(流れの良さ)を測る指標である。そして「裏の競争力」をさらに背後で支えているのが「ものづくり組織能力」(C)、たとえばトヨタ生産システムである。 例えば、世界の自動車企業の「表の競争力」は地域別の販売シェアで把握できる。「裏の競争力」は、工場や開発プロジェクト単位のデータ収集を要する。実際に我々(東京大学・ハーバード大学・MIT他)は、日米欧やアジアの自動車組立工場の物的生産性を比較するために、溶接・塗装・組立工程の1台当たり平均所要工数(人・時)を詳細に測定してきた。2010年ごろで言えば、1台当たりの工数は、日本が最も少なく約10人・時/台で、欧米や韓国、台湾、中国、インドなどの組立工場(ただしグローバル企業の現地工場)に対して、地域平均で1.5~4倍程度の優位性を維持していた。また製品開発の国際比較調査では、日本は平均して100万人・時強で新車開発を行うのに対し、ヨーロッパやアメリカは200~300万人・時を要していた。つまり擦り合わせ型製品である自動車の「裏の競争力」では、日本の企業・産業・現場の競争優位は概ね維持されてきたと言える。 次に設計思想(A:アーキテクチャ)について。製品群を設計思想により2つのタイプに分けると、一つは設計調整が少なくて済む調整節約的な「モジュラー型」(組み合わせ型)アーキテクチャ。パッケージ・ソフトウェア、パソコン、インターネット商品、新金融商品、自転車などがこれに属する。特に部品間をつなぐインターフェースが業界標準的ならオープン・モジュラー型、企業特殊的ならクローズド・モジュラー型だが、GAFAに代表されるように、アメリカのデジタル企業が強いのはオープン・アーキテクチャである。 一方、調整型の日本産業が得意なのはインテグラル型(擦り合わせ型)で、高機能自動車がこれにあたる。例えば自動車の場合、走行安定性、乗り心地、燃費という3つの機能要素に対して、ボディ、サスペンション、エンジンという3つの構造要素(部品)があるとしよう。設計とは構造と機能の調整作業なので、その間の機能・構造関係を見ると、自動車の場合は、全構造が全機能と関係しており、この場合は設計調整の数は9本。こうした設計調整の数、つまり擦り合わせ度が高い製品ほど、日本の製品の輸出比率は高いことが、東大と経産省の共同調査で統計的に明らかになっている。これは、前述のように、日本では「多能工のチームワーク」によ

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