建築研究開発コンソーシアム20周年記念誌
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CBRD 20th Anniversary 119 個々の産業の競争力とその進化を分析する際、私は「CAPアプローチ」(Capability組織能力とArchitecture設計思想のバランスでPerformance競争優位を推定する分析枠組)を用いている。製造業と建築業には相違点もあるが共通点も多く、このCAP分析枠組が使える。CAPはサービス業にも応用可能で、例えばトヨタ生産方式をスーパーマーケットの改善に応用する際にも使える。異業種間で共有できる産業知識を考える時、固有技術は産業特殊になるが、抽象的な設計論にまで戻れば様々な産業の分析に使えるのである。 トヨタ生産方式という組織能力は、付加価値の流れを良くする約200のルーティン(整理・整頓・清掃・清潔、ジャストインタイム、かんばん、一個流し、省人化、自働化、等々)から構成される。これらが統合的なシステムになれば、生産工程全体の「流れ」の良さ、例えばコスト、生産性、生産リードタイム、製造品質などの競争力が高まる。こうして高い競争力(Performance)を安定的に生み出すのが組織能力(Capability)である。そして組織能力と設計思想(Architecture)が適合的だと、その産業は国際競争優位を持つ。 日本のテレビ産業は1980年代には大変競争力があり、自動車と並び称されていたが、今は衰退してしまった。かつては多くの調整が必要であったインテグラル型(調整集約型)のアナログテレビが、回路設計で画像品質が決まるモジュラー型(調整節約型)の製品になり、組織能力(C)と設計思想(A)のCAバランスが崩れたからである。つまり、日本の産業現場の多くが持つ高い調整能力が活きない製品になってしまった。一方、高機能自動車は依然として調整集約型の製品であるため、日本の比較優位が半世紀以上続いている。 このCAP枠組で産業競争の現状を分析してみる。まず組織能力(Capability)は歴史等の要因により偏在化しやすい。どの国も高度成長期があったが、アメリカでは数千万人単位の移民が流入した。また中国では1億人単位の農民が農村地帯から工業地帯に移動し、3年ぐらいで回転した。こうして猛烈な勢いで労働力が流動しながら高度成長を支えてきた米中などは、分業社会になる。一方、戦後の高度成長期に、米中とは全く違う形で、いわば「移民無しの経済成長」をしてきた戦後の日本では、歴史的結果として、限られた労働力や下請企業を確保する長期雇用・長期取引が定着した。そうなると、労働者は長く勤め取引関係も安定しているから、社内外の連携調整能力が蓄積された。そしてそれは、多くの設計調整や作業調整を必要とするインテグラル型(擦り合わせ型)の製品で国際競争力を発揮した。最適設計を要するインテグラル型の人工物は、動かないものなら例えば耐震性の高い高層建造物、動き回るものなら高速で動く高機能自動車、これら、質量があり物理法則の制約が強く作用する世界では、最適設計された人工物でなければ高機能を発揮できない。従って、部品も製品特殊的なカスタム設計部品になりやすい。 一方、物理法則から比較的自由に設計できる、つまり言語・記号・論理が支配するソフトウェアやデジタル機器の多くは、組み合わせ自由な調整節約型・モジュラー型の製品になりやすい、そしてそれらは、前述の「移民の国」「分業の国」たる米中が「設計の比較優位」を発揮しやすい。他方、日本産業は調整能力の強みを活かせない。 日本の産業・企業は、冷戦終結後の約30年間 (1990~2010年代)、一方では日本が「設計の比較優位」早稲田大学研究員教授 東京大学名誉教授一般社団法人ものづくり改善ネットワーク 代表理事藤本 隆宏 様ものづくり産業論からみた建築―組織能力とアーキテクチャの視点から―

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